遅すぎる青春
たわいもない話をします。
たわいもない日常の話。
特に参考に出来るような内容でもないので、気軽に情景をイメージしながら読んで頂ければ幸いでございます。
あるたわいもない日常に、私が引き籠っていた期間に生じたギャップ。
そう、遅すぎる青春とやらがきたわけであります。
◆あれは、会社に向かう電車に揺られていた時の出来事だった
ガタンゴトン、、、ガタンゴトン、、、
「次は~〇〇駅~ 次は~〇〇駅~ お降りの際は足元にお気を付け・・・。」
はぁ。今日も満員電車の中、未だ慣れてもいない会社に向かう。
「社長、おはようございます。」
会社に対してお客気分の私が、いわゆる「企業の社長様」に対して、朝の一番に無愛想なご挨拶をする。それが慣れていない社内での朝一の業務である。
私は、小中高と学生時代は歩きでの通学。
学生生活を終えた後は、田舎ならではの車での通勤。田舎を出て、三十路手前になる現在まで電車とは無縁の生活を送っていたのである。
それ故、朝一の満員電車とやらにめっぽう弱い。
朝一なのに、油ギッシュのおじさん。
朝一なのに、バリバリメイクのおばさん。
朝一だから?無愛想な面のお姉さんに若者社会人。
この面構えを見せている連中の中に飛び込むという行為に、怒りと悲しみ、そして、一日のあきらめ感を抱きながら毎日挑んでいる日々を送っていたのである。
◆あれは雨の日だった
そんなある日、私に遅かりし青春がやってくる。
電車を活用した日々を送っている諸君なら、誰しも一度は経験があるだろう。
そう、バッタリと会ってしまった。美女というやつに。
あれは雨の日、いつも通りに満員電車という名の渦にのみ込まれている中、やはりいつも通りもみくちゃにされ、他所行き用にセットした髪の毛もいつも通り禿げ散らかしていた私。
さぁ、いつも通りの日常の始まりだ!
そんな気合いなどとうに失せている。出勤前に出るはため息。
「次は~〇〇駅~ 次は~〇〇駅~ お降りの際は足元にお気を付け・・・。」
次の駅で降りなきゃいけない。でも、周りはギュウギュウ。どうにも身動きが取れない。やはり、他所行き用のなんちゃらは雨のおかげでより一層の盛り上がりを見せているようだ。
「プシュー」ドアが開く。
「ズダダダダ」あたかも巨人に追われいているかのように、血相を変えて飛び出す社会人。
ふぅー。やっと着いた。酸素が身体中を駆け巡り、先程まで縛られていたどうしようもない性癖のある身体も解放され歩き出す。
「あの、髪の毛大丈夫ですか?」
「えぇ、今日は特別盛り上がってるみたいです。」
少し笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「なんか、やきそばみたいですね!」
私はいったい誰と喋っているのか。
聞きなれない声。朝シャンのなんとも言えない妖艶な石鹸の香り。
今私は、お粗末に頭の上に乗っかるやきそばとやらを調理しながら、女性と話をしていることに気付く。
「ばっ?!」
思わず出た一言がそれだ。
引き籠ること半年。人生にTHE ENDのタトゥーを刻み、不敵に一人を貫いてきた私が思わず見せた隙。
見知らぬ女性と話をしているのだ。
今でも鮮明に覚えている。モンクレールのロングダウンに身を包み、真黒な長い髪を振り回し、他所行き用のぷっくりリップに包み込んだ唇が、私に向かって囁く。
「どしゃぶりですね!」
魔法の言葉。そう、どしゃぶりですね。その響きは私の胸を締め付ける。
ほんの数秒の時間でした。
その後、私は恥ずかしくなり何も言わず立ち去ってしまいました。
あの子の名前はなんて名前なのだろう・・・。
今あの子は何をしているのか・・・。
どんな仕事をしているのだろう・・・。
えぇ、もちろんその日一日は上の空確定であります。
作り話ではございません。まぎれもない事実です。
美女と野獣とは正にこのことです。まぁ、野獣は素敵な王子様ではないのですが。
その日以降、私はもう一度彼女に会うべく、同じ時間、同じ車両に同じやきそばを乗せて出勤するのでした。今後の展開はいかに、、、。
あなたも、一度はこんな経験ありますよね?